|
EMC Records 第二弾 6月1日(金)発売
イタリアバロック歌曲集「私の涙 Lagrime
mie」 平井満美子/ソプラノ 佐野健二/アーチリュート ストロッツィ、カリッシミ、フレスコバルディ
|
現代ギター
2007年 7月号 |
リュートの佐野とソプラノの平井が主宰するアーリーミュージックカンパニー自らが発売する「不実な女」(佐野ソロNo.510参照)に続く第2弾CD。3人の作曲家によるイタリア・バロック期の歌曲7曲、およびリュート独奏で<アリアと変奏>が収録されている。ルネサンスのポリフォニー音楽は、バロック期に入るとより言葉と音楽の関係が重視され、感情の表現に主眼が置かれた音楽へと変化していった。このアルバムに聴かれる曲もたいへんドラマティックであり、詩の内容につれて大きく振幅する歌を、平井は確かな技巧と感情表出で歌い上げ、佐野の伴奏と相まって非常に劇的な音楽となっている。このような良質のアルバムを、今後も発表し続けることを期待したい。
(安倍寿史) |
音楽現代
2007年 8月号
推薦盤 |
推薦
数少ない古楽の歌い手として活躍している平井満美子とリュート奏者佐野健二によるイタリア・バロック歌曲。このデュオはすでにルネッサンスやバロックの歌曲のCDを多数出していて、どの作も立派な成果をあげているという。澄みきった美しいノン・ヴィブラートの声そのものの魅力に加えて、このバロック歌曲では驚くばかりの感情表現、つまり「歪んだ真珠」という喩えにふさわしい、人の心にダイレクトに届く魂の燃焼が聴き取れるのである。また、彼女の歌を支え、またあるときはこれまた豊かなニュアンスで演奏する佐野のリュートのかそけき音色。「私の涙」はバルバラ・ストロッツィ(1619〜77)の作品だが、和声や転調の激しさなどこの時期の音楽の特徴を示している。あとのフレスコバルディやカリッシミといった作曲家の作品にも多くの共感をもって歌いだされているこのCDは、声高に叫ぶことの現代のオアシスと言えるのではないだろうか。
(保延裕史) |
レコード芸術
2007年 8月号
準推薦盤 |
準推薦盤
[準推薦]
ソプラノの平井満美子さんとリュートの佐野健二さんのコンビによる『イタリア初期バロック歌曲集』である。ジロラモ・フレスコバルディ(1583〜1643)、ジャコモ・カリッシミ(1605〜74)、バルバラ・ストロッツィ(1619〜64以降)の3人の歌曲作品前7曲を延々と聞かせる。とくにストロッツィの作品が5曲もあり、『ラグリメ・ミエ(私の涙)』というCDタイトルもこの女流音楽家の歌曲によっている。
ヘンリー・パーセル(1659〜95)の《ダイドーとイーニアス》中の有名な<わたしが死んだ時>にも共通する「恨み節」を中核にして、平井さんの的確な語りが悲愴感あふれる説得力を持って迫ってくる。時というのは味なもので、平井さんの声の透明感はやや後退していることを否めない面があるにしても、表現力ははるかに増大し、この好唱を生みだしている。イタリア語歌詞のすべてが平井さんによって訳出されている一事からも、言葉と音楽の読みのなみなみならぬ深さを推測させる。
大型アーチリュートと、小型のリウト・アッティオルバートを使い分ける佐野さんは楽曲の構成をしっかりおさえ、声と楽器の協調を支えてゆく。凝りに凝った作品が集められ、ちょっとやそっとの力量の演奏家では扱いかねる音楽だけに、ヴェテランのご両所によって現出される世界は、広くて大きい。
とくにカリッシミの《スコットランド女王のラメント(嘆きの歌)》という長丁場を語り歌う平井さんは、20世紀イタリアのルイージ・ダッラピッコラ(1904〜75)作曲の同じメアリー女王の嘆きに寄る《とらわれ人の歌》の大合唱に匹敵する強靭な訴えを秘めている。一方、佐野さんの独奏によるフレスコバルディの《アリアと変奏》が、これまた聞き逃せない名演奏である。
(皆川達夫)
[準推薦]
平井満美子(S)と佐野健二(アーチリュート)による、バルバラ・ストロッツィを中心とした初期バロックの作品集成。この二人による録音は、1990年代はじめから多数リリースされてきた。過度な演劇的強調に傾くことなく、リュートとその一族の楽器による伴奏という形態も手伝って、つねに一定の気品と調和を実現してきた。今回は、このふたりが、好きなときに録りたいものが録音できるようにということで、プラヴェート・スタジオにおいて、自ら設立したレーベルへの録音をはじめた2点目のディスクであり、二人による演奏としては最初のディスクにあたる。
《私の涙(ラグリメ・ミエ)》は現在以上に稀であったであろう女流作曲家ストロッツィの、恵まれた芸術的環境と彼女の独創性が刻印された代表的な作品で、大胆な和声に満ちた音楽である。平井満美子は、音楽が求めるさまざまな要素、たとえば弧を描くような大きなフレーズ、急速な装飾的パッセージ、パルランド様式などの交替を適切に織り込んだ歌唱を繰りひろげる。
オラトリオの創始者カリッシミの、《(スコットランドの)メアリー女王のラメント》は、その一部<死ぬ、正義と信頼を守るのに王冠は役に立たない>が取り出して演奏されることがあったが、ここにはカンタータ全体が収録されている。平井の歌唱は、悲劇の女王の宿命を表現するために、果敢なまでの表現を試みている。この特別な作品の全体が聴けるのもこのディスクのメリットである。
(美山良夫)
[録音評]
一般的には珍しいといえる古楽器、アーチリュートを伴奏にした、ルネサンス期のソプラノ・アルバム。残響は長めで主にソプラノに長めであり、残響付加が感じられなくもない。音量の小さめなアーチリュートもソプラノも等しく明瞭にという、ある意味では教科書的な収録と言えようが、それだけに両者クリアに収められている。2007年3月、EMCプライヴェート・スタジオにおける収録。
<90点>
(神崎一雄) |
CDジャーナル誌
2007年 8月号 |
リュートの音色はなんと心和ませるのだろうか。それを伴奏にして歌われるイタリアン・バロックのメランコリックで叙情的なうた。平井の歌唱はややこってりとした感触ながら、実に表現が豊か。「私の涙」そして大曲の「メアリー女王のラメント」が聴きもの。
(斎藤弘美) |
古楽情報誌 Entree
2007年 10月号 (No.192) |
[朝岡聡的 新譜試聴記]
古楽のコンサートは規模が小さいものが多く、全国規模の宣伝が展開される演奏会は来日公演などごく小数に限られる。関東に住んでいると、なかなか西日本の小規模なコンサート情報を入手する機会がない。そんな時にこそ本誌の存在価値もあるというものでしょう。
今回紹介するアーティストはアントレ誌上でも、その情報が時々紹介されるアーリーミュージックカンパニー(EMC)の二人。ソプラノの平井満美子さんとリュートの佐野健二さんによる17世紀中期までのイタリアバロック歌曲集であります。題して「私の涙」。B.ストロッツィ、G.フレスコバルディ、G.カリッシミによる愛と哀しみの歌が収められている。
演奏者の二人は1995年から大阪・豊中市の千里阪急ホテルのクリスタルチャペルで年6回のコンサートを開いていて、今年の12月にはめでたく100回を迎えるそうだ。夜の7時半から休憩なしの1時間プログラムは、勤め帰りのお客様からも好評。いよいよ今年から録音も始まり、その第2弾がこのアルバムである。
『言葉よりも対位法的手法を大事にせざるを得ないルネサンスのポリフォニー(多声音楽)に代わり、言葉と音との関係がより重視され、言葉の抑揚や意味、そして感情の表出を重んじる伴奏付き単旋律であるモノディー様式が登場してきました』(佐野健二氏)という17世紀前半。言葉と音楽の結びつきを実感できるのは何と言っても恋愛の心を歌う歌。さっそく聴いてみよう。
「涙」ときて、リュート伴奏の歌曲となればダウランドのラクリメなんぞを想像するのだけれど、イタリアはラテンですからね、しかも時代はバロック。愛の胸のうちを歌うと自由で大胆な感じが印象的だ。生涯に多くの歌曲コレクションを出版したバルバラ・ストロッツィの《偽りの恋人》という作品は、『あなたは 私ののどかな日々を そのまなざしで堕落させる そして 人を欺くため息で あなたは空気をも毒する ああ もて遊んでそしてからかわないで ああ 見つめて そして 嘘をつかないで ・・・』と歌詞を読んでもゾクッとするような内容。愛のほとばしりかパッションとも言うべき心情を平井さんが歌い上げる。「ああ もて遊んで〜」のあたりなどまさに感情が音となって表現されている。しっとりと、情熱的に、官能的に・・・音楽史を眺めればちょっと前までポリフォニーの荘重に絡み合う音楽だったのに、やっぱりバロックはドラマだなぁ。そんあ思いが湧き上がる。
佐野さんが演奏するリュートは2台。大型のアーチリュートとやや小型のリウト・アッティオルバートは、ルネサンスからバロックへの移行期にイタリアで生まれたという。自由で大胆な感情表現の歌声を支えるにはピッタリ。歌声が愛の心を直接表現するものならば、伴奏のリュートは歌に心のひだや細やかな空気を加えるがごとき効果がある。恋の歌に情感が匂い立ってます。
リュートのソロも収められていて、フレスコバルディの《アリアと変奏》は作曲者が自分の名前をつけているほどの自信作らしい。もともとは鍵盤楽器用の作品でもリュートで演奏すれば趣はガラリと変わる。フレスコバルディをリュートで聴くなんて、ありそうで録音は少ない。彼の歌曲とともに興味深い演奏が楽しめるのもこのアルバムの特徴。
それにしても12年も続く息の長いコンサート・シリーズといい、録りたい時に録りたい作品を録音するためにレコードを設立してしまう行動力といい、平井さん・佐野さんご両人の生き方は芸術家としてブレない強さを感じる。この組み合わせで知られざる傑作が次々と紹介される今後に期待大だ。
(朝岡聡) |