網干毅のリユート夜話 その4
バロック音楽も料理もまじめにやってこそ・・・


 今、ワープロで「バロック」と打つたつもりで変換キーを押すと、何を間違えたの「ばろく」と打ったらしく、「場六」と漢字で変換されて出てきました。瞬間、かの料理の鉄人を思い浮べてしまったのは、テレビ人間の悲しさでしょうか。それにしても料理番組の多さには驚かされてしまいます。最近では準備から完成までリアルタイムで見せるものさえ現れてくるくらい。それで、一体何がそんなに面白いのかと、この原稿を放り出してつらつら考えてみました。そしたら、料理とバロック音楽とはよく似ているということに気づいたのです。(我ながら強引。しかし、まあ聴いてください。)最初に素材が示され、それが心ちよい流れにのって変容していって、最後にいたりつく過程はどちらも共通していますし、また料理で、例えばソテーしている肉にブランデーをかけてワァーッと火をつけるフランべなる調理法があって、それは間違いなくドラマティックですけれど、料理そのものはドラマではないこともバロック音楽と似てはしないでしょうか。相反する二人以上の登場人物が繰り広げる対立、葛藤の展開がドラマというものだとしたら、バロック音楽は、ドラマティックなところは多々出てきますが、異なった性格のテーマが突然現れて、それらが同等の立場で劇を繰り広げるといったことはほとんどないと思われますから。
 ところで、何で「バロック」とワープロで打とうとしたのでしたっけ。あっ、そうそう、この≪リユート音楽の楽しみ≫シリーズの中で今宵だけがバロック音楽のみで構成されているので、まずは「バロック」と打ってみようと思つたのでした。
 皆さんはバロック音楽と聞くとどのような音楽をまず思い浮べられますか。バッハの宗教曲やオルガン曲、『メサイア』に代表されるヘンデルのオラトリオ、ヴィヴァルディやテレマンの協奏曲や器楽曲・・・などでしようか。残念ながらリコーダーやリュートの響きはまだあまり一般的なイメージの中に入つていないかもしれません。ところが、リコーダーは17世紀から18世紀にかけてのバロック時代には本当に人々に親しいものだったようで、例えばバロック・ソナタの規範的なものを確立したといわれるコレッリ(1653〜1713)の『ソナタ集』などはヴァイオリンと通秦低音のための音楽として最初書かれたのに、初版からわずか2年後にリコーダー編曲版が出版されているくらいなのです。価格的に手にいれやすく、また技術的にも近づきやすいリコーダーは自ら音楽を楽しむのにうってつけの楽器だったのでしょう。運指に従って吹けばハ長調の音階が鳴るソプラノ・リコーダーや、へ長調の音階が出るアルト・リコーダーの他、ヴォイス・フルートといってニ長調の音階の楽器も愛好されました。
 リュートについては、リュートのための音楽が盛んに作られたのは、フランス、イタリア、イギリスでは17世紀半ばまでなのですが、ドイツでは18世紀に入ってもそれへの関心は下火になることなく、リュートのための組曲やソナタが生み出されました。ちなみにヴァイス(1686〜1750)はその代表的作曲家。
 もちろんリュートはそれだけではなくて、今日のように器楽曲の伴奏部を受け持つ楽器として長く重要な役割を担いました。バロックの楽譜には多くの場合、旋律ともうひとつ、バス旋律が書かれていて─それを通奏低音と言います─、それをバス楽器と、そこから和声を引き出す鍵盤楽器によって担当するのが一般的なのですが、どちらの機能をも合わせ持つリュート一挺で演奏することは、日常よくなされていたことだったのです。むしろ、音色や響きのバランスからすると、リコーダーとリュートはまさに琴瑟相和するものかもしれません。
 さて、バロックではオペラ・宗教曲・協奏曲といった音楽とは別に、日々の楽しみの音楽として、このような室内楽が発展しました。ソナタや組曲は、初期のフレスコバルディ(1583〜1643)のカンツォンのように声楽曲のスタイルの痕跡を残しているものなど経て誕生します。組曲は、舞曲を集めたもので、次第に形を整え、アルマンド - クーラント - サラバンド - ジーグの4つの舞曲を中心としたものになってゆきました。けれどもソナタは、やや複雑で、今宵のプログラムでもおわかりのように、アレグロやアダージョといった楽章から構成されているものと、舞曲から構成されているものがあります。イタリアのマルチェロ(1686〜1739)、ドイツのリューティスト、バロン(1696〜1760)、そしてヘンデル(1685〜1759)のソナタは、後期バロックの作曲家の円熟した音楽。
 今のコンサートのチラシの最後に、「今夜はまじめに二人でバロックします」という言葉が載せられていることに気づかれたでしょうか。もちろんこれは、今日正当的な(?)バロック音楽のジャンルのソナタや組曲を演奏することに結びつけた、佐野さん一流のジョークなのですが、先にお話ししたように、バロック音楽と料理が似ているとしたら、どちらも美味しいものはまじめにやってこそできるというもので、このジョークはまことに本質をついたものだとも言えましょう。神谷さん佐野さん、二人のシェフに大いに期待しましょう。

[No.4 Recorder & Lute Jul.12]


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