ジョン・ダウランドは、エリザベス朝における最高のリュート奏者と言われています。彼は生涯に4巻のリュート歌曲集を出版しており、その第一巻は好評につき再販を重ねました。この成功により多くのイギリスのリュート音楽家は歌曲集に手を染め、イングリッシュ・リュート・ソング楽派ともいうべきイギリス・ルネサンス音楽を代表するジャンルが確立されたのです。 ダウランドの歌詞にに散乱する〈涙〉〈死〉〈暗闇〉〈悲しみ〉といったメランコリックな言葉は彼の音楽の象徴的とされ、それらは熱望していたエリザベス女王付音楽家の職を却下され、その失望を胸に抱き、ヨーロッパ各地を巡り歩いた彼の境遇ゆえとされています。 しかし、あまりに完成された彼の作品から、ダウランドは自らの人生と音楽をオーバーラップし、メランコリーを楽しんでいたのではと思われてなりません。 いずれにせよ、ダウランドのリュート作品はヨーロッパ16世紀末の知識階級特有の“メランコリー気質”と同調し、“ダウランドの憂愁”は人々の心をとらえたのでした。 17世紀、イギリスでも音楽様式はルネサンスからバロックへと移り変わります。時はチャールズ2世の即位期で大変に裕福な情勢にあり、人々は様々な娯楽を求めました。もともと演劇等、舞台芸術好きなイギリス国民は演劇と音楽を結びつけ始めます。同時期、ヨーロッパにはオペラの時代が訪れており、イギリスでもイタリア・オペラなどの上演が試みられました。しかしイギリスでは、清教徒革命による禁欲主義の影響のせいか、オペラはあまり歓迎されず、むしろ物語の進行とはあまり関係なく、音楽が自由に挿入されている音楽付き演劇が好まれ、多くの劇音楽が生みだされました。 そんな時代に英国人として最も頭角を現した作曲家がヘンリー・パーセルです。彼は36年の短い生涯に、当時の音楽ジャンルの殆どを網羅したことでも特筆すべき作曲家です。そして特に注目すべきジャンルは前述の劇音楽と呼ばれる舞台劇場に関連する音楽でした。彼の声楽曲における英語の表現能力の巧みさと、創造性に富む美しい旋律を紡ぎ出す才能を持ち合わせておりました。そしてそれらを掛け合わせる事により魅力を倍増させた彼の音楽は、劇音楽において最も豊かに花開いたのです。 ウェストミンスターのオルガニストとして活躍したパーセルはハープシコードの為の組曲や弦楽のためのファンタジア等、多くの器楽作品も残しています。しかしながらリュートの為の独奏作品は作曲しませんでした。ダウランドに代表されるイギリス後期ルネサンスのリュート音楽のあまりの繁栄の反動かもしれません。今日演奏いたします「シャコンヌ」はふたつのリコーダーと通奏低音の為に書かれたものを、リュート独奏用にアレンジしたものです。 では今宵、イギリスのルネサンスとバロック各々の時代に活躍した二人のオルフェウスの作品をお楽しみ下さい。 |
●平井満美子/ソプラノ
神戸女学院大学音楽学部声楽科卒業。卒業後、古楽の演奏に興味を移し研究を始め、E.カークビー、J.キャッシュ、C.ボットらに学ぶ。現在、ルネサンスよりバロックを中心に、イギリス、フランス、イタリア、スペイン、ドイツの幅広いレパートリーを持つ、数少ない古楽の歌い手として活動している。多くのコンサートと録音を行い、その演奏は新聞、音楽誌等にて常に高く評価されている。現在までに発売された佐野健二とのデュオCD全ては雑誌「レコード芸術」「音楽現代」等の推薦盤に選ばれ、デュオリサイタルに対しては「大阪文化祭本賞」を受賞している。アーリーミュージックカンパニー主宰。NHK文化センター講師。
●佐野健二/ルネサンスリュート、リウトアテオルバート
英国・ギルドホール音楽院首席卒業。ギターを岡本一郎、H.クワイン、B.オー、J.ブリームの各氏、リュートをA.ルーリー、N.ノース、J.リンドベルイの各氏に師事。演奏活動に対し、「ジョン・クリフォード・ペティカン賞」「ロンドン芸術協会選出1978年度新人音楽家」「大阪文化祭奨励賞」「音楽クリティック・クラブ新人賞」「神戸灘ライオンズクラブ音楽賞」「大阪文化祭賞」(二回)を受ける。現在、ルネサンス、バロック期の撥弦楽器を中心に、独奏・伴奏・通奏低音奏者として演奏、録音活動を行っているが、そのレパートリーは民族音楽より現代音楽にまで及んでいる。現在、相愛大学非常勤講師、アーリーミュージックカンパニー主宰。2007年EMCレコード設立。