EMC
クリスタルチャペルコンサート
シリーズ2005年
平井満美子&佐野健二
演奏風景、プログラム

第87回
悲しみ、涙、そして別れ

2005.10.26.
平井満美子/ソプラノ 佐野健二/リュート

2005.10.26.



 16世紀後半イギリス、ダウランドを筆頭とするイングリッシュ・リュート楽派とも呼ぶべき楽士たちが、後期ルネサンスの完成された音楽を紡ぎだしていた頃、イタリアでは新しいスタイルの音楽を提唱する人たちの手によりバロック音楽の幕が開けられ始めていました。
 文芸復興の国イタリアはバロック音楽に於いてもヨーロッパ中に多大な影響をあたえました。歌曲に於いては、言葉と音との関係がより重視され、言葉よりも対位法的手法を大事にせざるを得ないルネサンスのポリフォニ一(多声音楽)に代わり、言葉の抑揚や意味、そして感情の表出を重んじる伴奏付き単旋律であるモノディーという様式が登場してきました。音楽を通じていかに正しく言葉の意味と心情を伝えうるのかが実践されました。
 そのイタリアの影響を独自の音楽に昇華させ「イギリスのオルフェウス」と呼ばれたヘンリー・パーセルはわずか36年の短い生涯に800曲もの作品を作り出しました。幼いころから神童とさわがれていたパーセルは当時の音楽ジャンルの殆どを網羅しており、質、量ともにイギリス・バロック時代に於ける最大の作曲家といわれています。パーセルの才能は創造性に富む旋律と声楽曲における英語の表現能力にとりわけ発揮されました。
 ダウランドは自他共に認める最高のリュート奏者とされながらも、宗教上の理由からか、憧れのエリザベス女王付きの宮廷音楽家の地位にはつけませんでした。その失意を胸にイギリスを離れたダウランドは、人生の大半をヨーロッパ大陸で過ごしました。晩年、イギリスへ戻ったダウランドは、念願のイギリス王室付きのリュート奏者の職を得るものの、時すでに遅く、世の中はジェームス1世の統治下。ダウランドの心の支えであったエリザベス女王は亡くなっていました。ダウランド特有のメランコリックな響きはこのような不遇の人生が原因ともいわれます。しかし、イギリスを離れたダウランドは、行く先々で最高のリュート奏者として迎えられ、失意のどん底にあったとしても彼の才能は自らの嘆きを癒すに十分なものだったと想像できます。ダウランドは自らの不遇を憂愁に置き換え、メランコリーを演じ、楽しんでいたのかもしれません。
 ルネサンス芸術、文化の大きく花開いたこの時代、ダウランドのみならず、当時の人々は世紀末の一抹の不安と期待も相まってメランコリーを楽しんでいたのかもしれません。そしてリュートはその響きに置いてももっともデリケートな表現を可能な楽器としてメランコリーの象徴とされていました。その「涙の形状 Tear Drop Shape」と共に。
 それでは今宵、秋の夜長の始まりに古き良き時代のメランコリーをお楽しみください。




Sorrow, Tears and Farewell

《Giovanni Girolamo Kapsberger カプスベルガー c.1580-1651》

●トッカータ Toccata No.5●

《Alessandro Scarlatti スカルラッティ1660-1725》

●残酷な愛よ 私を苦しめないで Lascia piu di tormentarmi●<
より激しい苦痛のままにしておくれ 思い出のあの人は
あまりにかたくなに平穏を阻止する 少しの満足も与えない恋の支配者よ

《Barbara Strozzi ストロッツィ 1619-? 》

●私の涙 Lagrime mie●
息も絶えるこの激しい痛みを押し流してくれないのか
わが愛しのリディアは捕らわれの身
死にも情けがあるのなら我が命を奪え 悲しみの目よなぜ泣かぬ

《Henry Purcell パーセル 1659-1695》

●運命の時は足早にやってくる The fatal hour comes on apace●
運命がこの場所からあなたを呼ぶなら死んだ方がいい
私の悲しみの傷をいやせるのはあなただけなのです


●シャコンヌ Chaconne orig. for 2 recorders and B.C.●

●おまえの手をかしておくれ ベリンダ Thy hand, Belinda●
死はいまや歓迎すべき客人 私は死がおそうこと願っている
ああこの運命をわすれておくれ

《John Dowland ダウランド 1563-1626 》

●メランコリー・ガリアルド Melancholy Galliard●

暗闇に住まわせておくれ In darkness let me dwell
地が悲しみなら尾根は絶望 楽しい光をすべて私から遮るのだ
私の音楽は不快な響きで眠りを破る 苦悩と結ばれ墓に横たわり
真の死がくるまで 生きたまま死なせておくれ

●ミニャルダ Mignarda●

●悲しみよ、とどまれ Sorrow Stay●
憐れみよ 今こそ僕を助けてくれ 終わりなき苦痛に陥れないでくれ
ああ 僕は望みも助けもなく ひたすら落ちていく 立ち直る日は二度とこない

●別れ Farewell●<

●来たれ、重い眠り Come, heavy sleep●
この嘆き疲れた目を閉じておくれ 湧いてやまぬ涙の泉が命の息をふさぐ
来れ 甘い眠り さもなくば永遠の死あるのみ

使用楽器
14-course Liuto attiorbato = Junji Nishimura 1985 pitch a' = 466 Hz.
14-course Archlute in G = Martin Haycock 1999 pitch a' = 415 Hz.
7-course Renaissance lute in F = Paul Thomson 1986 a' = 440Hz.

平井満美子/ソプラノ
 神戸女学院大学音楽学部声楽科卒業。卒業後、古楽の演奏に興味を移し研究、中世よりバロックまでのレパートリーを持つ、数少ない古楽の歌い手として活動している。多くのコンサートと録音を行い、その演奏は新聞、音楽誌等にて常に高く評価されている。現在までに発売された佐野健二とのデュオCD6点全ては雑誌「レコード芸術」の推薦盤に選ばれ、デュオリサイタルに対しては「大阪文化祭本賞」を受賞している。日本、イギリスにてE.タブと共演、好評を博す。その広い音域と澄んだ歌声は古楽のジャンルにとどまらず、テレビコマーシャルの音楽にも活躍している。

佐野健二/リュート
 英国・ギルドホール音楽院首席卒業。ギターを岡本一郎、H・クワイン、B.オー、J・ブリームの各氏、リュートをA.ルーリー、N.ノース、J.リンドベルイの各氏に師事。演奏活動に対し、「ジョン・クリフォード・ペティカン賞」「ロンドン芸術協会選出1978年度新人音楽家」「大阪文化祭奨励賞」「音楽クリティック・クラブ新人賞」「神戸灘ライオンズクラブ音楽賞」「大阪文化祭賞」(二回)を受ける。現在、ルネサンス、バロック期の撥弦楽器を中心に、独奏・伴奏・通奏低音奏者として演奏、録音活動を行っているが、そのレパートリーは民族音楽より現代音楽にまで及んでいる。相愛大学音楽学部非常勤講師。


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